ユーザー (#2)2011年7月 Archives

私は,「弁護士が市民後見人を養成し,自ら専門職後見人あるいは,専門職後見監督人として,今後,このような成年後見業務を担っていくべきだ」と述べた。それは,一途に後見を利用する高齢者が負担する費用問題からである。私は,高齢者が元気でいる間は,ホームロイヤーとして月5千円,その後,高齢者が判断能力に困難が生じ,任意後見人として就任した場合には,月3万円の費用がかかる旨,小冊子「快適に老いる!」で説明した。しかし,大多数の高齢者の方々には,これでは費用が高すぎるとの印象を持たれたようで,利用者は現状わずかにとどまっている。

 

ところで,日本国内には,認知症などの人たちが少なくとも500万人いる。しかし,このうち後見が行われているのはわずか15万人にすぎない。このため,本人が自分の資産を「使えない」という問題が起きている。すなわち,判断能力が不十分になってくると,保険金,配当金,年金などが自分の口座に振り込まれても,自分の思うようには使うことができない。これでは,何のために稼いで,かつ自分の老後資金として貯めてきたのかわからない事態となっている。しかも,今の日本の高齢者社会では,介護と後見の,高齢者問題における車の両輪のいずれもが予定した成果を上げていない。

介護では,介護者が高齢者の生活の質を上げるのではなく,過失の責任を求められないようにするために汲々としている。例えば,転倒のおそれがある高齢者には車いすで,しかも,車いすから立ち上がらないように足下を拘束する。夜間には,徘徊しないように睡眠導入剤を服用させる…。

後見では,相続問題の前哨戦となる後見申立がなされ,弁護士が後見人就任となるが,同人によれば,財産管理は可能だが,身上監護はできないなどと宣う。私は,「ばかやろう」と叫ばざるを得ない。

 

それゆえ,介護・後見の質を上げるには,弁護士は,後見の現場から半歩,身を引き,市民後見人養成に力を注ぐべきだと考えた。市民後見人は,弁護士と共同して,あるいは,監督の下,身上監護に力を注ぐ。そして,介護現場に対して,きちんと担当高齢者の生活の質を上げるための介護を求めていく。判断能力が不十分な人が生きるということはどういうことかを,後見の中心に据えて判断・活動していくべきなのだ。

 

そして,「判断能力が不十分な人が生きる」ということは,本人が事前に自分の「快適に老いる!」生き方を指示すべきなのである。

 事前指示書の普及によって「快適に老いる!」指針ができあがることになる。

 

弁護士法人龍馬HP http://www.houjinryouma.jp/

 『自分は,まだまだ「遺言」を書くような年齢じゃない。』と思っている方も多いと思います。

   しかし,誰しもが老いは迎えるもの。認知症などになる前に,自分の意思はしっかりと残しておきたいものです。

 

 

 私が入所してから半年ほどしか経ちませんが,相続をきっかけとして親族間がもめる事案を多数見てきました。相続争いは決して特別な事案ではありません。

 

① 「親の面倒を見てきたのは自分なのに,親の面倒を自分たちに一切任せきりで,遠くに住んでいた弟は,親が死んだとたんに法定相続分を要求してきた。法定相続分では兄弟間で平等だが,納得がいかない。」

 

② 「兄は,親の介護をしてきたというが,介護はヘルパーなどに任せきりで,最後は施設に入所させただけで実際は何もやっていなかった。それどころか,親が認知症であることをいいことに,親の口座から勝手に多額の預金を引き落とし使っていた。相続財産はもっとあったはずだ。」

 

一つの相続に関する争いを兄弟両サイドから見た双方の言い分です。

親に対する介護の実体はわかりませんが,兄弟にはそれぞれの言い分があるようです。

 

①の「被相続人への介護(療養看護・財産管理)」は,「寄与分」として保護される可能性があります。

また,②の相続人の相続財産の持ち出しについては,「特別受益」ないし「不当利得」として相続財産に持ち戻されることで,法的に保護される余地はあります(「寄与分」や「特別受益」の解説はまた時期をみてブログで解説できればと思っています)。

 でもそれは,言い争って初めて解決に至るものです。

 

 

 被相続人が,相続人の立場に配慮したうえで,意識のしっかりしているうちに自分の意思を遺言(できれば公正証書遺言)によって残す方が,上記のような争族を防止することができるのです。

 

弁護士 金 井  健 

 

  高齢社会を迎え,介護保険と成年後見とが,「車の両輪」と言われている。

介護保険は,問題を抱えながらも社会の仕組みを築きあげた。人的資源として,ケアマネジャーがあり介護・社会・精神保健の各福祉士等がいるなど,人材豊富である。

これに対して,成年後見はというと,いまだ家族が6割以上を占め,人的態勢はあまりに不十分である。

 

 

 成年後見人の選任総数は,

    28,606

   (平成22年までの10年間の総数)でしかない。

 

その総数内訳は,

  親族が,16,758件,58.6%であり,

  第三者が11,84841.4%である。

 (弁護士2,918件,司法書士4,460件,

   社会福祉士2,553件等)。

 

2011.07.02ブログ掲載グラフ.png
 

ところで,認知症高齢者の日常生活自立度Ⅱ以上の高齢者の推計,平成22年度は208万人であり,平成37年度には323万人に増加すると言われている。第三者後見の受け皿として,市民後見人を養成するか,社会福祉協議会等が法人後見として受任していくか,などの方策を早急に実施しないと,上記高齢者を支える高齢社会の在り方が見えなくなってしまう。

 

 

高齢者問題を標榜する弁護士の立場からすると,弁護士が成年後見人として業務を遂行していくよりも,高齢者の身上監護を実践できる親族や介護関係者がよりよいと考える。残念ながら,身上監護としての介護に精通する弁護士はあまりに少ないからである。

確かに,相続争いの前哨戦としての成年後見申立てでは,相続問題に精通する弁護士が高齢者の財産を管理する意味がある。

 

 

しかし,大多数の認知症高齢者の日常生活を後見する身上監護するためには,弁護士である必要性はない。むしろ,成年後見人となった親族や介護関係者が,高齢者の契約問題や消費者被害等で困ったとき,いつでも相談できる弁護士がいることで,高齢者の安心した生活が確保できるのである。

 

 

私は,弁護士が市民後見人を養成し,自ら専門職後見人あるいは,専門職後見監督人として,今後,このような成年後見業務を担っていくべきだと考える。

 

 弁護士法人龍馬HP http://www.houjinryouma.jp/