箕岡真子著『認知症ケアの倫理』を読んで
認知症の人たちはこれまで“ひとりの人格をもった人間”として扱われてきませんでした。「認知症の人の人格は変化し,しだいに‘抜け殻’になってしまう」と考えられてきたからです。
『認知症ケアの倫理』は,その偏見に対して,認知症の人を「ひとりの生活者」(p3)として尊重し,共に生きていく考え方と実践を著しています。
私は『快適に老いる!』という小冊子で,「高齢者問題」を法的観点からその解決策を提示しました。箕岡真子著『認知症ケアの倫理』は,私が小冊子を編んだ起点となる事前指示書の道筋を包括的に発展させた著作であろうと考えます。
人は「老いる」ことで,①記憶力・認知機能の低下や他の知的能力を失うことに対する不安,②自己認識(アイデンティティー)および自己コントロールを失うことへの不安,③身体的機能低下や苦痛に対する不安,といった“失うこと”への不安と常に向き合って生きていかなければなりません。
箕岡氏は,認知症をきたした方の不安を少しでも和らげることができるような配慮と「彼らと共に在る(ある)」という姿勢を大切にしたい(p16)と考え,それは本書を著した目的でもあるでしょう。他方,西欧哲学におけるパーソン論では,「認知機能が失われた人は,その人の意見や考えが尊重されない“non-person”」とされました(pp74~75)。
たしかに,認知症をきたした方は,個人としてみるとコミュニケーション能力や他者と交流すること,興味や関心の能力は低下しているかもしれません。しかし,家族やこれまで関わってきた親しい人との間では,その人が時々浮かべる微笑みや存在感は変わることがありません。
読者は,箕岡氏の『認知症ケアの倫理』から,認知症の捉え方とそのケア,認知症をきたした方に向き合うための道しるべを見いだすことができるのです。
【amazonのURL 箕岡真子著『認知症ケアの倫理』】